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新盆の朝、実家で「ニンニク臭がすごい」と言われた。
よりによって、今日は祖母の新盆である。
原因はもちろん前日の火鍋オフ会。友人宅で昼から火鍋を囲み、ラム肉、牛肉、豚肉を食べ、ニンニクもかなり入れた。酒も飲んで、そのまま夜までゲーム。翌朝に法事があるので、終電で解散したあと俺だけ実家へ歩いて戻って泊まっていた。
酒が残るくらいならまだ想定内だった。でも朝になってみると、酒より火鍋のほうが強かった。腹へのダメージ、トイレの回数、そしてニンニク臭。新盆の日の朝としては、だいぶ仕上がっていない。
そんな状態ではあったけど、祖母が亡くなってからちょうど1年ほど。昨年8月に亡くなり、今年は初めて迎えるお盆だった。今回は、祖母の新盆だった8月14日のことを書いておく。
🔥 前日の火鍋が、翌朝までしっかり残っていた
前日の火鍋オフ会は楽しかった。火鍋を食べて、桃鉄をやって、マリオカートをやって、酒も飲んだ。火鍋にはニンニクもたっぷり。食べている最中は最高だった。
その代償は翌朝に来た。
8時ごろ、目覚ましもなく自然に目が覚めた。酒は多少残っている。でも、気持ち悪くて動けないような二日酔いではない。むしろ気になったのは腹だった。火鍋の辛さがまだ効いているらしく、とにかくトイレへ行く頻度が多い。
俺は唐辛子の辛さは比較的平気なほうだけど、平気だからといって胃腸まで無傷とは限らないらしい。前日は「うまい、うまい」と食べていたのに、翌朝だけ帳尻が合わされていた。
さらに実家では「ニンニク臭がすごい」と言われた。自分ではもう慣れていて分からない。これが一番まずい。法事では誰にも何も言われなかったけど、言われなかっただけで、たぶん臭っていたんだと思う(笑)。
前日の記事は火鍋を食べて楽しく終わっているけど、現実には翌朝まで含めて火鍋だった。
🕯️ 祖母は昨年8月、満94歳で亡くなった
今回の新盆は、昨年8月に亡くなった祖母のものだ。祖母は昭和6年4月生まれ。1931年生まれなので、亡くなったときは満94歳だった。俺としては十分に大往生だったと思う。
以前、一周忌の記事では「享年95」と書いた。ここは自分でも少し気になって改めて調べた。寺院によっては位牌などの「享年」を数え年で記すことがあり、その数え方なら95歳になる。一方、普段使っている満年齢では94歳。宗派や寺院によって扱いは違うらしいので、この記事では分かりやすく満94歳としておく。
祖母が暮らしていた家は、母が住む実家のすぐ隣にある。今は叔母が住んでいる。最近のブログでも、この家や土地の話は何度か出てきた。祖母が亡くなったあと、位牌の整理をしたり、土地の境界立会いをしたり、一周忌があったり。亡くなったあとも、家のこと、土地のこと、仏事のことは少しずつ続いていく。
生きていた頃は「祖母の家」だった場所が、今は叔母の家になっていて、そこで祖母の新盆をする。文字にすると当たり前なんだけど、こういうところで一年経ったことを実感する。
🙏 新盆は父、祖父に続いて今回で3回目
新盆に参加するのは今回で3回目だ。父のとき、祖父のときにも同じように住職に来てもらっている。だから、新盆が亡くなってから最初に迎えるお盆だということは当然知っていた。
新盆の意味自体は分かっているけど、せっかく記事にするなら、毎年なんとなく見ている「迎える」「飾る」「住職にお経をあげてもらう」がどういう流れなのかくらいは確認しておきたい。うちは曹洞宗なので、今回は曹洞宗の公式サイトを見てみた。
曹洞宗の案内では、お盆の時期は地域によって違うが、13日にご先祖を迎え、16日(地域によっては15日)に見送るという流れが紹介されている。うちは8月にお盆をするので、今回の8月14日は、ちょうど迎えたあとの期間中だったことになる。普段は日付まで意識していなかったけど、こうして見ると「盆迎えから準備していた」という叔母の動きも一本につながる。
新盆(初盆)は、その中でも故人が亡くなってから初めて迎えるお盆。祖母は昨年8月に亡くなったので、今年が新盆になる。父と祖父でも経験しているので、この意味自体は昔から知っている。
今回調べて「ああ、あれのことか」となったのは「盆棚(精霊棚)」だった。曹洞宗の公式案内では、仏壇とは別に盆棚を設ける場合、位牌をそこへ移してお供えをするという。叔母宅に用意されていた新盆用の飾り棚は、まさにそれだった。単に新盆だから豪華に飾っていたわけではなく、祖母を迎える場所を別に整えていたわけだ。
もう一つは「棚経」。住職が家を回って読経することをそう呼ぶようで、曹洞宗公式サイトの過去の記事でも、新盆の家へ「棚経に回る」という表現が使われていた。父や祖父の新盆でも同じように住職に来てもらっていたので、やっていることは昔から知っている。ただ、それに名前があることまでは知らなかった。こういう細かいところだけ、今回記事を書くために初めて調べた。
🏠 住職が来る15分前、祖母宅へ移動
住職が来る予定は9時半から10時の間だった。時間に少し幅がある。俺は15分くらい前に、実家から隣の叔母宅へ移動した。
参加したのは、叔父と叔母、俺、叔母の娘夫婦とその子ども。大人数を呼ぶような法事ではなく、本当に身内だけだった。
実際、部屋には新盆用の飾り棚(盆棚)がきれいに用意されていた。水色っぽい光の提灯、夫婦の位牌、花、果物、お菓子。ナスなどのお盆らしい飾りもあった。意味を知ってから見ると、普段の仏壇とは別に、祖母を迎えるための場所をきちんと整えていたんだと分かる。
俺は準備には関わっていないので断定はできないけど、父や祖父のときの記憶からすると、今回もセレモニー関係の人が一式を整えてくれたんだと思う。提灯から供物まできれいに揃っていて、自分でゼロから用意しろと言われても、何をどこに置けばいいのか俺には全然分からない。
盆棚の飾り方や供物は地域や家庭で違うと曹洞宗の公式案内にも書かれているので、叔母宅の形を「これが正解」と紹介するつもりはない。ただ、父や祖父の新盆でも何となく見ていた同じような棚が、今回調べたことで少し具体的に見えるようになった。位牌や提灯、花や果物を一つずつ並べていたのも、祖母を迎えるための準備だったんだなと思う。
🧎 新盆より先に、正座がきつい
そして俺には、この日のもう一つの問題があった。正座である。
前日の酒のせいなのか、朝から少しむくんでいた。普段でも長時間の正座は好きじゃないのに、むくんだ状態だと余計にきつい。腹は火鍋で落ち着かない。本人はニンニク臭い。新盆の厳かな空気の中で、俺のコンディションだけが完全に場違いだった。
住職が来ると、飾り棚の前に座って、そのままお経を聞いた。時間にすると10分程度だったと思う。焼香で順番に動いたりするわけでもなく、俺はずっと正座して聞いていた。
最後に住職から、祖母が亡くなって一年になることに触れるような短い話があった。ここは細かい内容を忘れてしまった。覚えていないのに、それっぽいありがたい話を作るのも違うので、「亡くなって一年になりますが」といった話を簡単にしてくれた、くらいの記憶だけ残しておく。
それで終了。住職は長居することもなく、すぐ次の家へ向かった。
書き入れ時という言い方がいいのかは分からないけど、お盆の住職は本当に忙しいんだろう。こちらからすると年に一度の法事でも、住職側からすると同じように待っている家が何軒もある。9時半から10時という時間指定に幅があったのも、実際に家を順番に回っているのを見たら納得した。埼玉県内の寺院でも、お盆時期の棚経は複数の檀家を訪問する行事として案内されている。
💴 法事は10分。でも叔母はその前から準備していた
住職が帰ったあとは、そのまま解散になった。会食もないし、そのあと全員で墓参りに行く予定もない。到着してから見れば、本当に短い法事だった。
でも、俺が叔母宅へ行ったのは開始15分前だ。俺から見ると「10分くらいで終わった新盆」だけど、叔母はそうではない。盆迎えから、新盆の飾り棚の準備、当日の住職を迎えるところまで全部やってくれている。
当日だけ顔を出した俺が「すぐ終わったな」で帰るのも違うので、叔母には5,000円包んでおいた。これは「新盆なら5,000円が相場」という意味ではない。俺は準備をほぼ任せきりだったので、そのお礼として自分でそうしただけだ。
こういう行事は、当日に見えている時間より、見えていない準備のほうが長い。今回、自分は完全に参加する側だった。父や祖父の新盆でもそうだったんだろうけど、40歳になる年になって、ようやくそこを少し意識するようになった。
🍔 法事が終わると、急にいつもの休日へ戻った
新盆が終わったら、昼前までには自宅へ戻った。ここから一気に日常に戻る。
妻と子どもはハッピーセットのおもちゃが切り替わるタイミングを把握していたらしく、マクドナルドへ行く予定をすでに組んでいた。いつもの戦法でポケモンのおもちゃを4個確保して、シェイクなどのデザートを食べて帰宅。この話を広げると新盆の記事ではなくなるので、それくらいにしておく(笑)。
妻と子どもは朝早く起きて、俺が法事に行っている間に図書館へ行ってきたらしい。俺は朝からずっと「なんとなく調子が悪い」が続いていたので、帰宅してから昼寝を提案した。
ちょうど妻と子どもも眠かったようで、そのまま家族全員で昼寝することになった。
😴 ちょっと寝るつもりが、16時だった
そして次に目が覚めたら16時。
寝すぎた。家族全員で、昼寝としては完全にやりすぎた。
ただ、朝から残っていた酒も、火鍋のダメージも、むくみも、寝起きにはほぼ消えていた。完全回復である。結局この日は、薬でも栄養ドリンクでもなく、昼寝が一番効いた。
当然、午後の予定は全部後ろへずれた。お風呂も少し遅くなり、子どもの寝かしつけは22時までかかった。それでも、16時まで寝た割にはなんとかなった。
前日の昼から友人宅で火鍋を食べ続け、夜まで飲んでゲームをして、翌朝は祖母の新盆。そのあとマクドナルドへ行って、家族全員で16時まで寝る。文字にすると、なかなか振れ幅の大きい二日間だった。
✍️ 祖母の新盆を終えて
祖母は昭和6年4月生まれで、昨年8月に満94歳で亡くなった。俺としては大往生だったと思っている。亡くなってから一周忌があり、位牌の整理があり、土地のこともあり、そして今年の新盆があった。
新盆そのものは10分程度だった。でも、それだけを切り取るとたぶん違う。祖母が暮らしていた家に飾り棚が作られ、叔母が盆迎えから準備をして、親族が少しだけ集まり、住職がお経をあげて、また次の家へ向かう。そういう一連の流れ全部が新盆なんだと思う。
新盆は父、祖父に続いて今回で3回目なので、「亡くなってから最初のお盆」という意味はもちろん知っていた。ただ、今回記事に残すにあたって、お盆の流れや盆棚、棚経について少し調べ直した。毎回当たり前のように参加している行事でも、名前や役割まで分かると、何気なく見ていたものの意味が少し具体的になる。
地域や宗派、家によってやり方はかなり違うので、これから新盆を迎える人は、ネットの一般論より家族や菩提寺に確認するのが一番確実だと思う。俺の記事も「うちはこうだった」という一例だ。
そして個人的な反省としては、新盆の前日に本気の火鍋を食べて、大量のニンニクを入れて、酒まで飲むのはおすすめしない(笑)。
まあ、祖母の新盆は無事に終わった。俺の腹も昼寝で治った。なんとかなった一日だった。
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